このエントリーをはてなブックマークに追加

基本情報 Edit

画像名前九七式中戦車改チハ
[添付]日本
レアリティ★4
出撃数
編成コスト
戦車タイプ中戦車
優先ターゲット
攻撃範囲
戦車紹介
 

 

全長全高
全幅重量
最大装甲乗員
懸架方式
主砲
副武装

ステータス Edit

火力装甲射程速度連射

ゲームにおいて Edit

ゲームにおいての役割、使い勝手などの評価をレビューする項目です

元ネタ Edit

対戦車戦闘力を上げるため、貫徹力が不十分だった九七式五糎七戦車砲を、貫徹力を重視した一式四十七粍戦車砲を搭載した新式砲塔に換装した改良型。便宜上、47mm砲搭載型を「新砲塔チハ」と表記する。

従来の日本軍戦車は、歩兵支援重視の考え方から榴弾威力が高くかつ軽量な短砲身の戦車砲を装備していた。戦車の目的は陣地突破、火点制圧、追撃といった歩兵支援であり、対戦車戦闘は歩兵連隊や独立速射砲大隊・中隊などに配備されている連隊砲・対戦車砲(速射砲)が行うものとされていたためである。しかし、1939年(昭和14年)3月に発足した戦車開発委員会は「(将来の)戦車の搭載砲は当面は短砲身57佶い箸垢襪眄鐚崙瓜里寮鐺の増加を考慮して高初速47佶い泙燭狼ヾ慄い鯏觝椶垢襪海箸鮃洋犬垢襦廚箸いηЪ韻鮟个靴討り、その後勃発した、数次に亙る日ソ国境紛争(ノモンハン事件等)の際、長砲身45mm砲を装備したソ連軍戦車・装甲車との戦闘を経験したことで、戦車開発委員会の認識・方針が正しかったことが証明されることとなり、新戦車砲開発がより促進されることとなる。戦車砲は1941年9月に仮制式を経て、1942年4月に一式四十七粍戦車砲として制式化された。なお、57mm長加農の採用も検討されていたが、一式機動四十七粍砲との弾薬筒共通の便宜のため断念している。九七式中戦車の車体には設計余裕があり、旧砲塔より大型化した新砲塔も無理なく採用できた。
また1941年(昭和16年)春には九七式中戦車の砲塔を四一式山砲を元に開発された九九式七糎半戦車砲搭載の大型砲塔に換装した試製一式砲戦車(試製二式砲戦車とも呼称される)が試作され、同年より試験が行われていた。この試作車は後の二式砲戦車 ホイの前身となる。
新砲塔チハで換装されたのは砲塔及び主砲だけであり、車体(装甲厚・機関出力等)はそのままであった(戦車第2師団に配備された一部の車両など、現地改造の追加装甲として要部を50mmに強化したものは存在した)。なお、前面装甲厚50mmの一式中戦車の砲塔に酷似した改造砲塔を九七式中戦車の車体に搭載した車両も、数は不明であるが製作された模様。
新砲塔チハが開発されたきっかけは、1940年9月、試製四十七粍戦車砲を搭載したチホ車の砲塔を本車に搭載して射撃試験を行ったことに端を発する。その後チホ車開発は中止されたが試製四十七粍戦車砲を搭載した試作砲塔の開発および試験は本車の車台を用いて継続的に行われていたとされる。(この試作砲塔は、本車やチホ車の後継であるチヘ車に搭載する予定だったという説がある。)
新砲塔チハの登場時期については、1941年7月に陸軍技術本部が調整した「試作兵器発注現況調書」によれば、試作兵器として、九七式中戦車の砲塔改修及び47mm砲を搭載する改修を行う記述がある。この改修車両の希望完成年月は1941年8月となっている。そして1941年8月29日の兵秘六一七通牒の改修指示に基づき、同年10月より既存の68輌に対して新砲塔チハへの改修が開始されている。1942年3月には十数輌の新砲塔チハが完成し、臨時中隊(松岡隊)が編成され、ただちにフィリピンに送られている(これはM3軽戦車に対抗するための応急処置であった)。

1945年(昭和20年)7月に発行されたアメリカ軍の情報報告書には、鹵獲・調査された新砲塔チハに対する保有各種火器による射撃試験結果が掲載されている。 それによると、37mm対戦車砲(M3 37mm砲と思われる)ではAP弾を使用した場合、射距離100yd(約91.4m)において通常角度(戦車正面の正対角度と思われる)から45度まで、いずれの角度から射撃した場合においても、あらゆる装甲箇所を貫通させる事が可能であるが、射距離350yd(約320m)では通常角度からの射撃の場合のみ貫通することが可能であるとしている。 また口径12.7mmのM2 重機関銃では近距離である射距離100yd(約91.4m)において、あらゆる装甲箇所を貫通させる事は出来ず、射距離50yd(約45.7m)においては、一番装甲の薄い箇所である車体側面下部の懸架装置周辺、砲塔後部機関銃ボールマウント部分、及び車体後面下部で35%が貫通したとしている。また新砲塔チハ正面部分の装甲は、射距離35yd(約32m)からでは車体機関銃ボールマウント部分以外は貫通しなかったとしている。この報告書では結論として、新砲塔チハに対しては37mm対戦車砲では射距離350yd(約320m)以内、M2重機関銃では射距離50yd(約45.7m)以内での射撃が有効であるとしている。
よって、九七式中戦車(57mm砲搭載型も新砲塔チハと砲塔以外の装甲厚は変わらない)に対しては、当時の日本軍の交戦国が使用していた軍用小銃弾の威力では、最も薄い装甲箇所であっても貫通する可能性は極めて低い。
新砲塔チハの初陣は太平洋戦争緒戦の1942年4月7日、フィリピン攻略戦であった。友軍爆撃機と共同の下、M3軽戦車3両を撃破した。以降、新砲塔チハは旧砲塔車から改編ないし協同運用されることになり、概ね1943年(昭和18年)以降の日本陸軍の主力戦車となった。

+  47mm砲について

コメントフォーム Edit

コメントはありません。 コメント/戦車/★4/九七式中戦車改チハ?

お名前: Black Maroon Green Olive Navy Purple Teal Gray Silver Red Lime Yellow Blue Fuchsia Aqua White

TOPに戻る


トップ   編集 凍結 差分 バックアップ 添付 複製 名前変更 リロード   新規 一覧 単語検索 最終更新   ヘルプ   最終更新のRSS
Last-modified: 2017-07-17 (月) 04:16:05